濱口竜介監督『ドライブ・マイ・カー』 村上春樹原作・~痛みを抱えた人々の再生の旅路~ あらすじ・高評価の理由など ※ネタバレあり

濱口竜介監督『ドライブ・マイ・カー』を観てきました。

今回紹介する映画は、濱口竜介監督による『ドライブ・マイ・カー』(2021)です。

今作はニューヨーク映画批評家協会賞の作品賞に日本映画として初めて選出され、
ゴールデン・グローブ賞の「非英語映画賞」にも選出されました。

日本映画が同賞を獲得するのは、
市川崑監督の「鍵」が外国語映画賞を受賞して以来62年ぶりとのこと。

海外で高く評価されている今作ですが、
受賞したことが話題になった効果なのか、
日比谷シャンテのスクリーンは満員でした。

今回は映画レビューサイト『Rotten Tamatoes』
Top Criticsレビューをもとに、
今作の高評価の理由や見どころを考えていきます。

『ドライブ・マイ・カー』 基本情報・あらすじ

『ドライブ・マイ・カー』は濱口竜介監督による2021年の作品です。

村上春樹の短編小説をベースにした物語で、
あらすじは以下の通りです。

舞台俳優であり、演出家の家福悠介。
彼は、脚本家の妻・音と満ち足りた日々を送っていた。

しかし、妻はある秘密を残したまま突然この世からいなくなってしまう――。
2年後、演劇祭で演出を任されることになった家福は、愛車のサーブで広島へと向かう。

そこで出会ったのは、寡黙な専属ドライバーみさきだった。
喪失感を抱えたまま生きる家福は、みさきと過ごすなか、
それまで目を背けていたあることに気づかされていく…

https://filmarks.com/movies/93709?mark_id=126137366より

主要キャストは西島秀俊三浦透子岡田将生霧島れいか

上映時間は179分と長い映画になっています。

では今作が高く評価されている理由は何なのか?

海外のレビューを参考に、
映画の見どころも含めて見ていきます。

また、ここから先は映画の内容が含まれますので、ご注意ください。

長い、はてしないその日その日を、
いつ明けるとも知れない夜また夜を、
じっと生き通していきましょうね。

今作の主人公・家福悠介(西島秀俊)は、妻のおと(霧島れいか)を2年前に亡くしています。

家福は音が若手人気俳優の高槻耕史(岡田将生)と浮気している現場を目撃していましたが、
音との関係が崩れることを恐れて、見ないふりをしたまま生活を続けていました。

そんなある日、家福が家に帰ると音が倒れており、音はそのまま亡くなってしまいました。

その日、音は出かける家福に
「帰ったら話せる?」と尋ねていたのですが、
家福は彼女と向き合うことができず、できるだけ遅く帰るようにしていました。

自分がもっと早く家に帰っていれば、音は助かったかもしれない。

彼はそのことに強い自責の念を感じたまま、妻の死後の2年間を生き続けていたのです。

一方、彼が広島でドライバーとして出会った渡利みさき(三浦透子)もまた、
土砂崩れで倒壊した自宅から母を助けようとしなかったことから、
「自分が母を殺した」という意識を持っていました。

また、音と関係を持っていた高槻もまた喪失感を味わっており、
音とのつながりを求めて家福の広島での演劇へと参加しています。

Humans need to be close to other humans: when you say it like that, it sounds like your typical warm, fuzzy truism, the kind of platitude we all accept without question.

The truth is that real closeness goes far beyond appreciation for—or adoration of—another person. It requires a fortitude that’s almost steely, an openness to self-examination that can be as painful as it is edifying.

That’s one of the ideas at the heart of Ryûsuke Hamaguchi’s swimmingly gorgeous three-hour drama Drive My Car.

The movie is tender like a rainstorm: only in the aftermath, after you’ve allowed time for its ideas to settle, does its full picture become clear.

It’s the kind of movie that makes everything feel washed clean, a gentle nudge of encouragement suggesting that no matter how tired you feel, you can move on in the world.

https://time.com/6121640/drive-my-car-review/

こちらのレビューはTIMESTEPHANIE ZACHAREK氏によるものですが、
このなかで、黄色くマーカーした部分について紹介します。

本当の親密さとは、相手に対する感謝や憧れをはるかに超えたものである。

そのためには、ほとんど鋼鉄のような不屈の精神と、
有益であると同時に痛みを伴うこともある自己検証を受けいれることが必要になる。

物語のなかで、
家福はみさきや高槻のほか、
各国の俳優やスタッフとの出会いを通じて、
自分が知らなかった妻の姿や、
妻の死後自分が押し殺してきた感情と向き合っていくことになります。

たとえば、家福は高槻と車中で会話する場面で、
音が情事のあとに物語を紡ぐという、自身と音とのつながりを象徴する行為を、
高槻の前でも行っていたことを知ります。
物語には家福の知らない続きがあったのです。

また、家福は妻を失ったことの悲しみという感情から逃げていたことに、
みさきと北海道まで向かうことでついに向き合うことができました。

同時に、みさきも母の死を巡る自責の念、
自分自身が押し込めてきた悲しみと向き合うことになります。

その過程は彼らにとって決して楽なものではありませんでしたが、
そんな彼らを包み込むように、舞台『ワーニャ伯父さん』のなかで、
イ・ユナ(パク・ユリム)の演じるソーニャは手話で語ります。

でも、仕方がないわ、生きていかなければ!(間)

ね、ワーニャ伯父さん、生きていきましょうよ。

長いはてしないその日その日を、いつ明けるとも知れない夜また夜を、
じっと生き通していきましょうね。

運命がわたしたちにくだす試みを、辛抱づよく、じっとこらえて行きましょうね。

『ワーニャ伯父さん』より引用

※青空文庫からの引用のため劇中のセリフとは一部異なります

手話で演じるという特殊性も相まっての、
この映画を象徴するメッセージが込められた圧巻のシーンでした。

家福とみさきが自らの悲しみと向き合い、前へと進んでいく姿が描かれた今作ですが、
その過程が非常に丁寧に描かれていることが今作の評価を高めている点でもあります。

次はその点についてみていきます。

時間をかけて描き出すからこそ

Delicate business is being transacted here and Hamaguchi never strikes a false note.

Just as the actors rehearsing “Uncle Vanya” slowly grow to understand their characters, Hamaguchi lavishes time and attention on Yûsuke and Misaki so that the audience not only understands but breathes with them. The cumulative effect is devastating. Oscar, it’s your move.

https://abcnews.go.com/GMA/Culture/review-drive-car-flat-masterpiece-enthralling-scene/story?id=82322228 より一部引用

こちらはABC NewsでのPeter Travers氏のレビューです。

『ワーニャ伯父さん』のリハーサルで
俳優たちが徐々に自分のキャラクターを理解していくように、
濱口は悠介とみさきに時間をかけ、注意を払うことで、
観客は彼らを理解するだけでなく一緒に呼吸をするようになるのだ。
その積み重ねが、破壊的な効果を生む。

オスカー、君の出番だ。

今作の上映時間は179分で、
ほぼ3時間という長さになっています。

まず、アバンタイトルだけで約30~40分。

ここで家福と音の生活を十分に描き出すことが、
その後の家服の喪失感を観客に十分に伝えるうえで効果的に機能しています。

また、劇中では、
『ワーニャ伯父さん』の稽古と、
みさきが家福を送迎する場面が繰り返し描かれていました。

そのなかで起こる1つ1つの出来事が、
すこしずつ彼らの関係性に変化を与えていきます。

印象的なシーンでいえば、
演劇祭の中心スタッフの1人であるコン・ユンス(ジン・デヨン)の家に、
家福とみさきが招かれる場面があげられるでしょうか。

ユンスとイ・ユナが実は夫婦だったことが明らかになることも印象的ですが、
この場面で初めて家福がみさきの運転を絶賛し、
それまでとてもドライだった2人の関係性に変化が起こります。

その後2人はそれぞれが抱える事情や思いを少しずつ明かしていき、
家福とみさきの間には痛みや悲しみを共有できる関係が生まれていきました。

彼らの関係性が変化していく過程が丁寧に描き出されていくことで、
まさに「一緒に呼吸する」ような感覚を感じながら物語に入っていくことができます。

だからこそ、物語が持つメッセージが一層の説得力を持って観客に迫ってくる。

また、そうした感覚があるからなのか、約3時間の上映時間もそれほど長くは感じませんでした。

さらに、時間をかけて徐々にキャラクターを理解していくプロセスは、
まさに劇中で『ワーニャ伯父さん』の俳優陣が取り組んでいたことと重なります。

話はやや逸れますが、登場人物と劇中劇とが重なり合い相互に影響し合っていく、
その構成の巧みさもまた今作が高く評価されるポイントでもあります。

創作と人々とが、互いにどう影響し合うのか?という洞察もこの作品の面白さの1つです。

四宮秀俊氏による映像的な魅力

Bountiful in subtle imagery from cinematographer Hidetoshi Shinomiya, the film mines majestic visual symbolism from seemingly ordinary occurrences.

Take for example a shot of Yûsuke and Misaki’s hand through the car’s sunroof holding cigarettes as to not let the smoke permeate their sacred mode of transportation—an unspoken communion of respect.

Long conversations in the back seat of the tried and tested four-wheeled co-star force the camera to stay on their faces, registering the enunciation and reaction of the other without other embellishments, honoring what’s being said and how the other is receiving it.

That back and forth between two interlocutors nakedly spewing sincerity feels riveting in its simple composition.

https://www.rogerebert.com/reviews/drive-my-car-movie-review-2021

これはアメリカの映画レビューサイト『RogerEbert.com』
Carlos Aguilar氏によるものです。

レビューのなかで、今作の撮影監督である四宮秀俊氏による映像が称賛されています。

撮影監督・四宮秀俊による繊細な映像の数々は、
一見何でもないような出来事から荘厳な視覚的象徴を掘り起こす。

例えば、神聖な移動手段である車のサンルーフ越しに、
煙草を持つ祐介と美咲の手が映し出されるが、これは暗黙の了解で、尊敬の念を表している。

四輪車の後部座席での長い会話は、カメラを二人の顔に向けさせ、
相手の発音や反応を他の装飾なしに記録し、
何を話し、相手がそれをどう受け取っているのかを尊重している。

誠意をむき出しにした二人の対話は、
そのシンプルな構図の中で、とても魅力的に感じられる。

このレビューのなかで、紹介されている2つの場面は、
今作を鑑賞された人の多くが印象的に感じたシーンだったのではないでしょうか。

岡田将生演じる高槻が、後部座席で家福と向かい合って語り合うシーンと、

家福とみさきがこころを通わせたことを感じさせる、
サンルーフのうえに煙草を持った2人の手が映されるシーンです。

前者については、表情は大きく変わらないにもかかわらず、
そこに込められた感情がありありと伝わってくるような、
今作での岡田将生の最高のパフォーマンスでした。

ほかにも、映画冒頭で情事のあとの音が家福に物語を語り出すシーンも、
出だしから強烈なインパクトを与えるものでした。

劇中で数多く映し出されるドライブのシーンもそうですが、
今作が3時間もの間観客を惹きつけ続けられる要因の1つは、
間違いなく四宮氏による映像がもつ魅力です。

ここまで、『ドライブ・マイ・カー』の魅力や高評価の理由を観てきました。

傷を抱えた人々が前へ向かっていく様子を丁寧に丁寧に描いた上質な作品であり、
映像のすばらしさから言ってもやはり映画館で観るべき価値のある作品でした。

濱口監督の今後のさらなる飛躍も楽しみにしています。

かもめ/ワーニャ伯父さん改版 (新潮文庫) [ アントーン・パーヴロヴィチ・チェーホフ ]

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女のいない男たち (文春文庫) [ 村上 春樹 ]

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感想(9件)

最後に、おまけの映画紹介です。

おまけ おすすめロードムービー3選!

ドライブに関連して、今回はおすすめのロードムービーを3つご紹介します。

『グリーンブック』(2019)

あらすじ

時は1962年、ニューヨークの一流ナイトクラブ、コパカバーナで用心棒を務めるトニー・リップは、ガサツで無学だが、腕っぷしとハッタリで家族や周囲に頼りにされていた。

ある日、トニーは、黒人ピアニストの運転手としてスカウトされる。
彼の名前はドクター・シャーリー、
カーネギーホールを住処とし、ホワイトハウスでも演奏したほどの天才は、
なぜか差別の色濃い南部での演奏ツアーを目論んでいた。

二人は、<黒人用旅行ガイド=グリーンブック>を頼りに、出発するのだが─。

https://filmarks.com/movies/80582 より引用

『LIFE!』(2013)

あらすじ

ウォルター・ミティはLIFE誌の写真管理部門で働いている。
長い歴史を持つこの雑誌も廃刊が決まり、最終号の準備に追われる日々。

年がら年じゅうデスクでフィルムを相手にしているウォルターは、
自分の人生が日々同じことの繰り返しだと感じている。

そんな時、彼は空想の中に入り込む。
その中では、横暴な上司と激しくバトルしたり、極地を旅する冒険家になったりと変幻自在。

けれども現実に立ち返ると、空想とのギャップに疲れるばかり。

そんなウォルターの身に大事件が起きる。
最終号の表紙を飾る写真がどうしても見つからない。

運悪く、撮影した写真家は世界を放浪しながら写真を送ってくるのが常で、
今も世界のどこにいるのか判らない。

はからずもウォルターは写真家に会うために現実の冒険をすることに…。

『異端の鳥』(2019)

あらすじ

東欧のどこか。家を失った少年はひとり辺境の地を歩き始める。
それは想像を絶する艱難辛苦の旅の始まりだった。

過酷過ぎる状況をサバイブする少年の受難を鮮烈なタッチで描き、
ヴェネチア映画祭コンペ入りを果たした。

https://filmarks.com/movies/85630 より引用

『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』アメリカの象徴はどのように生まれたのか?~前半~

『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』アメリカの象徴はどのように生まれたのか?~後半~