『ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男』を観てきました。
さて、今回紹介する映画は
『ダークウォーターズ 巨大企業が恐れた男』(2019)です。
TOHOシネマズ シャンテで鑑賞してきました。
なかなか「観に行こう!」となりにくいタイプの外観の作品かもしれませんが、
観に行く価値は十二分にある作品でした。
今回はこの映画が持つ特徴や意味について、
映画レビューサイト『RottenTamatoes』の批評家レビューを参考に紹介していきます。
まずは映画の概要紹介です。
いったいどんな映画なのか? ~映画のあらすじ~
映画のあらすじはこんな感じです。
1998年、オハイオ州の名門法律事務所で働く企業弁護士ロブ・ビロットが、
思いがけない調査依頼を受ける。ウェストバージニア州パーカーズバーグで農場を営むウィルバー・テナントは、
大手化学メーカー、デュポン社の工場からの廃棄物によって土地を汚され、
190頭もの牛を病死させられたというのだ。さしたる確信もなく、廃棄物に関する資料開示を裁判所に求めたロブは、
“PFOA”という謎めいたワードを調べたことをきっかけに、
事態の深刻さに気づき始める。デュポンは発ガン性のある有害物質の危険性を40年間も隠蔽し、
その物質を大気中や土壌に垂れ流してきたのだ。やがてロブは7万人の住民を原告団とする一大集団訴訟に踏みきる。
しかし強大な権力と資金力を誇る巨大企業との法廷闘争は、
Filmarks より引用
真実を追い求めるロブを窮地に陥れていくのだった……。
この映画は、
巨大な力を持つ相手に、
知恵と勇気をもって敢然と立ち向かった弁護士ロブ・ビロットを姿を描いた作品です。
主演は『アヴェンジャーズ』の
ハルク役で有名なマーク・ラファロ。
デュポンという巨大化学メーカーが実際に起こした不祥事を巡る過酷な争いを、
企業名を伏せることなく、正面から描き出した骨太の作品になっています。
ここまで実名で映画を制作してしまう、
トッド・ヘインズ監督や作り手たちの作品にかける熱意、
そしてそれが実現できるアメリカ映画界の懐の広さを感じさせる作品でもあります。
また、テーマは社会派ですが、
ロブが事件の深刻さに気付き、
真相が明らかにされる過程には、
ホラー、サスペンスとしての面白さもありました。
今回の記事では、そうした点について取り上げていきます。
ちなみに、ウェストバージニア州はここです。
知っておくと役立つ知識
~デュポンとはどんな企業なのか?~
さて、主人公の弁護士ロブ・ビロットが相手にするのは、
世界有数の化学メーカーであるデュポンです。
では、デュポンとはどのような規模の企業なのでしょうか?
映画のポイントを見ていく前に、少し紹介します。
デュポンを日本の化学企業と比較してみると・・・
デュポンはアメリカのデラウェア州に本社を置く化学企業で、
正式な社名はデュポン・ド・ムールといいます。
アメリカを代表する巨大企業の1つで、
従業員数は34,000人、2020年の売上高は20,397百万ドル(約2兆3000億円)です。
アメリカの化学雑誌C&ENによる世界の化学企業ランキング(2021)(リンク参照)では、
第14位に位置しています。
時価総額は2022年1月14日時点で約440億ドル(約5兆円)となっています。
(YAHOOファイナンスより)
かなりおおざっぱな比較にはなりますが、
2021年日本の化学業界売上高ランキング(リンク参照)を参考に、
売上高で比較してみると以下の表のようになります。
1位 | 三菱ケミカル | 3兆2575億円 |
2位 | 住友化学 | 2兆2869億円 |
デュポン ※2020年売上高 | 約2兆3000億円 | |
3位 | 富士フイルム | 2兆1925億円 |
また、日本の化学企業の時価総額(リンク参照)で比較すると、
以下の表のようになります。
1位 | 信越化学工業 | 8兆832億円 |
デュポン | 約5兆円 | |
2位 | 富士フイルム | 4兆2837億円 |
3位 | ユニ・チャーム | 2兆9936億円 |
化学企業に絞らずに見てみると、
同じくらいの売上高(約2兆3000億円前後)の企業として、
シャープ、オリックス、リクルートなどがあげられます。
同じくらいの時価総額(約5兆円前後)の企業には武田薬品や第一三共、
東京海上ホールディングス、JTなどがあります。
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デュポンはアメリカの歴史に関わってきた巨大企業
また、デュポンはその企業規模だけでなく、
アメリカの政治にも大きな関わりを持ってきた歴史でも知られています。
南北戦争、第一次・第二次世界大戦などで巨大な利益を上げ、
「死の商人」との呼び名もあるほどです。
第二次世界大戦中の、マンハッタン計画と呼ばれる核兵器の開発にも協力しています。
巨万の富を築いているデュポン財閥はアメリカ三大財閥の1つにも数えられ、
強い社会的影響力を持っていることがうかがえるかと思います。
今回の映画は、それだけの力を持った敵に立ち向かっていった人々の物語です。
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この映画の特徴は? ~『RottenTomatoes』レビューから考える~
評価ポイント① この映画はどんなホラーよりも恐ろしい
Dark Waters may well be one of the scariest movies you’ll see this year.
But it’s not a horror movie. There are no jump scares or slasher monsters hiding in your closest. Instead, the real serial killers are corporate greed, malfeasance and cover-ups.
https://www.news.com.au/entertainment/movies/new-movies/dark-waters-is-more-terrifying-than-any-horror-movie/news-story/2209eafd7de3817b211c654e55385f24#1 より一部引用
こちらはWenlei Ma氏によるNews.com.auでの2020年3月のレビューです。
このレビューでは、
『ダークウォーターズ』を最も恐ろしい映画だと紹介しつつ、
この映画はホラー映画ではなく、
ジャンプスケアも身近に潜む殺人鬼もいないと述べています。
※ジャンプスケア
( jump scares )
観客を驚かせ恐がらせることを意図して、
主に大きな恐ろしい音と共に画像(映像)や出来事を突然変化させるテクニック)
その代わりに、利益を追い求める企業の貪欲さ、不正行為、隠ぺい体質こそが、
本当のシリアル・キラーとしてそこに存在している。
これがどういうことかというと、
デュポンはPFOAと呼ばれる合成化学物質を製造し、
フライパンの加工に使われるテフロンとして販売しています。
自社の従業員や動物を使った実験により、
PFOAが赤ちゃんのがんや奇形につながることをほぼ初期から知っていたにも関わらず、です。
テフロンを使用した製品が巨額の利益を上げているために、
デュポンはその有害性について公表することもなく、
廃棄物によって牧場の牛だけでなく地域住民の健康をむしばみ続けてきました。
さらに、そうした化学物質は人体で分解されずにとどまり続けます。
そうした「フォーエバー・ケミカル」と呼ばれる化学物質はPFOAのほかにも数多くあり、
政府による各種の規制が現在でも十分に及んでいないことが劇中で示されます。
主人公のロブ・ビロットが徐々にその恐るべき事実に迫っていく過程は、
ホラー映画さながらの恐怖を感じさせる展開になっていますが、
その恐怖は作り話ではなく、
今まさにこの世界を生きる私たちが直面しているものです。
だからこそ、この映画はどんな映画よりも恐ろしいものになっています。
さらに、そうした恐怖は映像の色彩によっても表現されています。
But cinematographer Ed Lachman, who brought beauty and life to so many of Haynes’s other films, paints Dark Waters in sickly shades of yellow and green. In stark contrast, Tennant’s farm is drained of colour. It’s a world of slow decay and putrid smells – a kind of earthly purgatory. A tumour-riddled dog chases its own tail in the yard. As crucial as cold facts and hard data are here, Haynes argues eloquently for the power of empathy. And, in Dark Waters, he bathes his audience in pure terror like very few other directors could.
https://www.independent.co.uk/arts-entertainment/films/reviews/dark-waters-review-todd-haynes-mark-ruffalo-director-cast-a9362991.html より一部引用
こちらはCLARISSE LOUGHREY氏のIndependentでの2020年2月のレビューです。
今作の撮影監督はエドワード・ラックマンが務めており、
彼はトッド・ヘインズ監督の『エデンより彼方に』(2002)、
『キャロル』(2015)でも高い評価を得ています。
レビューの中で、ラックマンは今作を「病的な黄色と緑の色合い」で描き出しており、
色彩の失われたテナントの牧場はこの世の地獄のようだと述べられています。
こうした映像表現によって、今作は観客がより一層純粋な恐怖を感じられる作品になっています。
死んだような故郷の光景を目の当たりにしたロブ、
そこにBGMとして流れる「カントリーロード」のシーンは非常に象徴的でした。
また、そうした作風はこれまでのトッド・ヘインズ監督の作品とは一味違ったものであり、
彼の監督としての評価を高めるものとなりました。
評価ポイント② 「エウレカ・モーメント」が無い
The plot contains a few unexplained loose ends, but they count for nothing when stacked up against the film’s basic accuracy. Its best quality lies in the fact it has no Eureka moment. Bilott’s wins are incremental – a series of advances and retreats that add up to victory. And even then, his story suggests, the battle is not over. If we’re to maintain a just balance between environmentalism, consumerism and corporate profits, it never will be.
https://www.smh.com.au/culture/movies/mark-ruffalo-s-tenacity-stops-legal-thriller-dark-waters-from-sinking-20200302-p54646.html より一部引用
「エウレカ・モーメント」という言葉が、
今回引用したSandra Hall氏のSydney Morning Heraldでのレビューで使用されています。
エウレカとは、以下のような意味になります。
Eureka(エウレカ)
何かを発見・発明したことを喜ぶときに使われる。
古代ギリシアの数学者・発明者であるアルキメデスが叫んだとされる言葉である。
このレビューで示されていることは、
この映画には分かりやすい「勝利の瞬間」がない、ということです。
こうした不正と戦う
勇気ある人々の物語には、
往々にしてこれまでの苦労がすべて実を結ぶ「勝利の瞬間」があります。
それは映画的なカタルシスとなって、観客に大きな感動を与えるものです。
しかし、この映画にはそうしたシーンはほとんどありません。
レビューで述べられているように、ロブ・ビロットとデュポンの戦いは常に一進一退で、
その繰り返しが徐々にロブを勝利へと導いていきます。
そして、その戦いはまだ終わっていません。
明確なカタルシスが無いというのはある種退屈かもしれませんが、
実話に基づく作品のアプローチとして非常に好感が持てるものでした。
約20年もの間続く訴訟という長い戦いと、
それがもたらすロブや家族、原告たちの疲労や軋轢も1つのテーマになっています。
ロブは今作においてハルクのような超人的な存在ではなく、
むしろ長い訴訟のなかで恐れ、打ちのめされ、疲弊していく存在として描かれます。
マーク・ラファロの演技はそんな彼の物語にリアリティー、説得力をもたらしていました。
評価ポイント③ 物語として描きだすからこそ
The story focus works, and Haynes, directing from a script by Mario Correa and Matthew Michael Carnahan, based on a New York Times article by Nathaniel Rich, has created a complete package in centring Dark Waters on this character.
Let’s just say that if a scientist came at you with about 10 graphs telling you the same thing, it would be a much less compelling argument. That’s where storytelling comes in to home in on great injustices.
Dark Waters is as gripping as it is terrifying, and it’ll claw into your consciousness in the same way that poisonous forever chemicals have claimed squatter’s rights in your body.
https://www.news.com.au/entertainment/movies/new-movies/dark-waters-is-more-terrifying-than-any-horror-movie/news-story/2209eafd7de3817b211c654e55385f24#1 より一部引用
さて、最後もWenlei Ma氏によるNews.com.auでの2020年3月のレビューからです。
今作ではナサニエル・リッチのニューヨークタイムズ紙の記事を基に、
マリオ・コレアとマシュー・マイケル・カーナハンの脚本が作られました。
これだけ深刻な事態が現在進行形で私たちのすぐそばにあるというのにも関わらず、
私たちはほとんどそのことを知らずに日々を送っています。
私自身も、この映画を観るまでそうした問題意識に欠けていたのは事実です。
このレビューのなかでは、
「たとえ科学者があなたに10のグラフを使って同じことを説明したとしても、
説得力のある議論にはならないだろう」と述べられています。
Wenlei Ma氏は、だからこそ、
大きな不正に迫ったストーリーテリングの出番なのだとも述べています。
映画という形にパッケージングすることで、より多くの人々に、
現実にある問題について知り、深く考えるきっかけを与えられる。
今作は映画というメディアが持つ力をうまく活用した作品だといえるでしょう。
この映画を観た後は ~関連作品紹介~
今回は、企業との闘いや裁判をテーマとした作品を紹介します。
『ダーク・ウォーターズ』で興味を持った人は、ぜひ観てみてください。
『エリン・ブロコビッチ』(2000年)
胸元も露に超ミニのスカートでキメた元ミス・ウィチタ。
離婚歴2度。3人の子持ち。無学、無職。貯金残高16ドル。
そんな彼女が1枚の書類から大企業の環境汚染を暴き、634の住人の署名を集め、史上最高の和解金350億円を勝ち取り、アメリカ中にスカッとした感動をもたらした。
これは実話に基づいた痛快なサクセス・ストーリー。
https://filmarks.com/movies/11736
『インサイダー』(1999年)
ある日、CBSの人気ドキュメンタリー番組『60 Minutes』のプロデューサー、ローウェル・バーグマン(英語版)の元に匿名で書類が届けられる。
それはタバコ産業の不正を告発する極秘ファイルだった。
彼はアメリカの大手タバコメーカーB&W社で研究開発担当副社長を務めたジェフリー・ワイガンドに接触し、インタビューに応じるよう説得する。
マスコミとの接触を知ったB&W社に圧力をかけられたワイガンドは苦悩するが、『60 Minutes』のインタビューに応じ、法廷で証言することを決意。
『60 Minutes』の看板キャスター、マイク・ウォレスによるインタビューの収録を受ける。
しかし、CBSの上層部はタバコ産業との訴訟を恐れ、ワイガンドのインタビューをカットして放送する事を決定、バーグマンも『60 Minutes』を降ろされてしまう。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%80%E3%83%BC_(%E6%98%A0%E7%94%BB)
『リチャード・ジュエル』 (2019年)
1996年、アトランタ・オリンピック開催中に爆破テロ事件が勃発。
不審なバックを発見した警備員リチャード・ジュエル(ポール・ウォルター・ハウザー)の迅速な通報によって数多くの力で多くの人命が救われた。
だが、爆弾の第一発見者であることでFBIから疑われ、第一容疑者として逮捕されてしまう。
ジュエルの窮地に立ち上がった弁護士のワトソン・ブライアント(サム・ロックウェル)は、この捜査に異を唱えるのだが…。
https://filmarks.com/movies/86810
あとがき
今作は、実際の事件にかかわっている人々が出演しているシーンがあります。
水質汚染の被害者として作中で言及されるバッキー・ベイリーも、
ベイリー本人が演じています。
今作は作品にかける多くの人々の情熱が随所に感じられるもので、
私たちが直面している事態の深刻さもそれだけ伝わってくるようです。
ぜひ多くの人の目に触れてほしい作品だと思います。
しかし、1点だけ、発狂した牛が牧場主とロブに襲い掛かってくるシーン、
あれだけはチープなB級ホラー映画味があって作品全体から浮いてましたね。
それも含めて、おすすめの作品でした。
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今後も様々な映画を取り上げていきます!
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