是枝監督:『ベイビー・ブローカー』感想 ※ネタバレあり

『ベイビー・ブローカー』を観た。

先日、映画『ベイビー・ブローカー』を観てきました。

今作の監督を務めた是枝監督といえば、
やはり『万引き家族』(2018)でパルム・ドールを獲得した印象が強いです。

今回は是枝監督が
韓国での映画製作に挑戦し、
ソン・ガンホカン・ドンウォンIU(イ・ジウン)ペ・ドゥナといったスター俳優たちと、
どのような作品を作り出したのか、非常に楽しみにしていました。

今回はそんな『ベイビー・ブローカー』の感想を書いていきます。

※作品のネタバレを含みます

あらすじ・キャスト

古びたクリーニング店を営みながらも借金に追われるサンヒョン(ソン・ガンホ)と、〈赤ちゃんポスト〉がある施設で働く児童養護施設出身のドンス(カン・ドンウォン)。

ある土砂降りの雨の晩、彼らは若い女ソヨン(イ・ジウン)が〈赤ちゃんポスト〉に預けた赤ん坊をこっそりと連れ去る。彼らの裏稼業は、ベイビー・ブローカーだ。しかし、翌日思い直して戻ってきたソヨンが、赤ん坊が居ないことに気づき警察に通報しようとしたため、2人は仕方なく白状する。

「赤ちゃんを大切に育ててくれる家族を見つけようとした」という言い訳にあきれるソヨンだが、成り行きから彼らと共に養父母探しの旅に出ることに。

一方、彼らを検挙するためずっと尾行していた刑事スジン(ぺ・ドゥナ)と後輩のイ刑事(イ・ジュヨン)は、是が非でも現行犯で逮捕しようと、静かに後を追っていくが…。

〈赤ちゃんポスト〉で出会った彼らの、特別な旅が始まる―。

Filmarksより

「家族の形」を巡る優しい物語

生きることを肯定したい

今作の率直な感想として、
是枝監督『万引き家族』や、
その翌年に同じくパルムドールを獲得した
ポン・ジュノ監督『パラサイト 半地下の家族』と比べたときに、
非常に優しい物語だったな、と感じました。

登場人物たちはそれぞれの立場がありながらも、
ソヨン(イ・ジウン)やその子どものウソンに同情的で、
2人のために何ができるか?ということを次第に考えていくようになります。

ブローカーであるサンヒョン(ソン・ガンホ)、ドンス(カン・ドンウォン)は、映画の早い段階で、お金ではなくソヨンとウソンにとって良い選択をすることが行動原理になっていました。

彼らを追う刑事の2人、
とくにスジン(ペ・ドゥナ)は子どもを捨てようとするソヨンに対して非常に厳しい態度を取りますが、
ソヨンの抱えている事情を知るにつれて、彼女に寄り添った選択を行うことになります。

そこに孤児のヘジンが加わって、そこにはウソンを中心とするある種の疑似家族が形成されます。

ウソンとその母のソヨン、サンヒョン、ドンス、スジン夫婦、そしてウソンを引き取ろうとしている子供のいない夫婦。

たとえ血のつながりがなくとも、
相手の存在を尊重し、お互いに助け合う関係性を築いていくことはできるのではないか。

そんな問いかけが
この映画には込められていました。

是枝監督はNHKのクローズアップ現代の中で、
相模原障害者施設殺傷事件を起こし、
「社会の役に立たない人間は不要だ」
と主張した植松聖の思想が、
社会に広がりを見せていることへの不安を語っていました。

人間を役に立つ・立たないで判断するのではなく、生まれてきた命を肯定する社会を選びたい。

だからこそ、ソヨンが1人1人に
「生まれてきてくれてありがとう」
という言葉をかけるシーンは、
今作の持つメッセージを最も端的に表現したものであり、作中でも印象的なシーンになっていたと感じます。

このシーンだけでもこの映画には観る価値があるといいたくなるシーンでした。

サスペンスやリアリティにはやや欠ける印象

上述したように、
今作は是枝監督のヒューマニズムにあふれた一作で、そのメッセージに非常に共感させられるものがありました。

一方で、子どもの人身売買、
というテーマから想像されるような、
サスペンスな展開はあまりなかったと感じました。

ソヨンが殺人事件の犯人であるとの目星が付いている状況のなかで、
刑事2人は人身売買の現場を押さえるためとはいえ、かなり長くソヨンたちを泳がせ続けています。

また、ソヨンはウソンの父である男性(ヤクザの幹部?)を殺しており、

その男性の妻は手下ヤクザを使ってウソンを回収しようとするのですが、

この動きが作中の本筋に緊張感をもたらす絡み方になっていませんでした。

サンヒョンたちの疑似家族に破綻の時が迫る…
という緊迫感はあまり演出されておらず、
映画としての盛り上がり、それによってもたらされるカタルシスが、
やや不足していたように感じられました。

また、作品の終わり方について、
最終的にウソンを中心とした疑似家族が形成されますが、
ウソンの教育費は結局誰が負担するんだろう、とか、

たまたまお金持ちで子供のいない夫婦がウソンを気に入ってくれたからいいけど、そんなハッピーケースばかりじゃないよね、とか、

現実的な問題をつい考えてしまいました。

同じ是枝監督の作品でも、
『万引き家族』ではもっと貧困家庭の生々しさがリアルに描かれていたように思いますし、

ポン・ジュノ監督『パラサイト 半地下の家族』には物語がどう転んでいくか、
サスペンスに満ちた面白さがありました。

その点で今作は、主題から想起されるサスペンスフルな作品ではなく、

是枝監督のヒューマニズムが前面に出た、非常に優しい物語になっていたように思います。

心情を繊細に演じた名演

サスペンスやリアリティにはやや欠けるように感じられた今作ですが、
俳優陣の素晴らしい演技に非常に惹きつけられました。

ソン・ガンホをはじめとして、
カン・ドンウォン、イ・ジウン、そしてヘジンを演じた子役のイム・スンスらが、
次第に家族のようになっていく。

その象徴的なシーンが
洗車場でのシーンでした。

ヘジンが洗車場で車の窓を開けてしまい、
車内がビシャビシャになるというシーンなのですが、
彼らが一瞬でも本当の家族になったような、
そんな雰囲気が感じられるシーンでした。

『万引き家族』でいうところの、みんなで海水浴に行くシーン的なやつです。

また、ソン・ガンホは終始さすがの存在感だったのですが、
イ・ジウンことIUの演技力にも驚かされました。

スターであることをいい意味で感じさせない佇まいで、
商業映画デビュー作とは思えない空気を放っていました。

全体を通じて、物語のサスペンスで観客を引っ張るのではなく、
それぞれのキャラクターの心情を、
各キャストが繊細に演じていくことで見るものを引き込んでいく。

カンヌで「人間の内面を豊かに描いた作品」に与えられるとされる
エキュメニカル審査員賞を受賞したのもうなずけるような作品でした。

印象的に用いられる「雨」

映画冒頭、強い雨が降り注ぐ中を、
教会を目指してソヨンが歩いていきます。

街中の坂や階段を雨水が流れていくシーンは、
どうしても『パラサイト 半地下の家族』を想起させます。

ポン・ジュノ監督作品では、
『母なる証明』『グエムル』など、「雨」が印象的に使われることが多いですね。

今作でも、「雨」がとても印象的に用いられています。

例えば上述の冒頭のシーンで、全てを洗い流すかのように降る雨は、
こどもを捨てに行くソヨンの心情を表現したものといえます。

今作での「雨」(広い意味では水)には、
罪を洗い流すという象徴的な意味が込められているようでした。

「雨」の使い方に注目して映画を観てみるのもおすすめです。

最後に

是枝監督作品といえば、
「家族」の在り方をテーマとしていることが多い、
そんな印象で今作に臨みましたが、
この作品も同様に、監督が非常にまっすぐなメッセージを込めたことが伝わってきました。

貧困や中絶といった問題に対して、
自己責任だと正論をぶつける社会の在り方に疑問を呈し
より様々な立場の人が積極的に関わっていく関係性を提示していましたね。

また、ソヨンとスジン、2人の女性が「母」になっていく物語としての側面も、
この映画の重要なポイントであるように思います。

子どもを産んだから母なのではなく、
次第に母としての役割を果たしていくのであって、
社会がその役割を果たしていくことも可能なのだというメッセージを感じました。

作中で、もっとも年上の男性であるサンヒョンが、
針仕事でソヨンを助けていたのがその象徴的なシーンでした。

どんな相手にも事情があることを理解し、
その中で自分ができることはなにか?を考えることや、

これから生まれてくる子供のために、父や母、あるいはそうした枠組みにとらわれない形でも、
支え合っていける社会を模索していくことなど、

今作にはいくつものメッセージがこめられていたように思います。

そのメッセージを受け取った私たちがどう行動していくのか、
これからの時代に問われていくのでしょう。

そして、韓国映画という新しいフィールドに挑戦した是枝監督の次回作も、
今後楽しみにしていきたいと思います。

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