赤となるか青となるか…
韓国ノワールのリトマス試験紙・韓国映画『チェイサー』

韓国ノワールのリトマス試験紙

酸性の液体に浸すと赤くなり、アルカリ性の液体に浸すと青くなる…

小学校の理科の実験で、誰しも1度は経験したことがあるのではないでしょうか?

今回紹介する映画『チェイサー』(2008)は、
言うなれば韓国ノワールのリトマス試験紙とでもいうべき映画です。

ちなみに、韓国ノワールとは、明確な定義はありませんが、
人間の悪の部分が引き起こす不条理に直面した人間の姿を描く作風を持つ韓国映画のことを指します。

生々しい凄惨な暴力描写や、
救いのない後味の悪い終わり方をすることが多いのも韓国ノワールの特徴といえるでしょう。

『チェイサー』はそんな韓国ノワールのイメージを作り上げたといってもいい1作で、
韓国ノワールの入門編としてぜひおすすめしたい作品です。

ということで、
最初は『チェイサー』の監督を務めたナ・ホンジンについて紹介します。

次回作が待ち遠しい
ナ・ホンジン監督

韓国映画界でも注目を集めている監督の1人である、ナ・ホンジン。

『チェイサー』(2008)は彼の長編デビュー作品となっています。

次回作が待ち遠しい
ナ・ホンジン監督

『チェイサー』で大韓民国映画大賞をはじめ数多くの賞を受賞したナ・ホンジン監督は、
2010年に長編第2作目となる『哀しき獣』を発表しました。

『哀しき獣』はスピード感ある展開とストレートな暴力をさらにブラッシュアップさせた作品として、これまた高い評価を得ています。

21世紀フォックスからの出資を得て製作されたことでも話題を呼びました。

2016年には長編3作目となる『哭声/コクソン』を発表。

今作はキリスト教の要素を取り入れた、ジャンルを横断する独特の作風を披露し、
クリエイターとしての幅広さを示しています。

國村準の怪演が観られる映画として、ぜひおすすめしたい1作です。

普通の写真でも怖く見えてしまう
國村準

ナ・ホンジン監督は最新作からすでに4年が経過しており、
次回作に関するニュースがかなり待ち遠しい状況ですね。

ざっくりあらすじ

『チェイサー』は、デリバリーヘルスを経営する元刑事のジュンホ(キム・ユンソク)が、
行方不明になったヘルス嬢のキム・ミジン(ソ・ヨンヒ)を探して奔走する物語です。

ジュンホは無事ミジンを救い出すことができるのか?

殺人鬼のチ・ヨンミン(ハ・ジョンウ)を逮捕することができるのか?

主人公はかなり利己的だし、犯人はニヤニヤしているし、
警察は警察で全く頼りにならない…という状況の中で、

一刻を争う緊張感のあるシーンが次々と展開されていきます。

元刑事のオム・ジュンホ(キム・ユンソク)が経営するデリバリーヘルスで、ヘルス嬢が次々と失踪するという事件が起きる。ジュンホは彼女たちに渡した高額な手付金を取り戻すため捜索を開始する。 やがて、出勤したキム・ミジン(ソ・ヨンヒ)の客の電話番号が、それまでに失踪した嬢たちが最後に仕事をした相手と一致していることが発覚。ジュンホは単身、男の自宅へ向かっているというミジンのもとへ急ぐ。

Wikipedia より
脳裏に玉鉄がちらつくキム・ユンソク

人間の因果応報

劇中で主人公のジュンホを突き動かしていくのは、次第に大きくなっていく罪悪感です。

彼は自身の経営するデリバリーヘルスの売り上げを上げるため、
風邪をひいて寝込んでいたミジン(ソ・ヨンヒ)を無理矢理出勤させていました。

ほぼ可哀そうなシーンしかなかったソ・ヨンヒ

ミジンが無理を押して出勤したその日に、犯人の凶行が行われることとなります。

自身の身勝手な行動の因果がミジンに降りかかってしまった。

彼はミジンが行方不明になったことの責任を感じながら、手がかりを探し集めていきます。

そして、主人公のジュンホがミジンの居場所の手がかりを求める中で出会うのが、
ミジンの一人娘であるウンジです。

ミジンはシングルマザーとしてウンジを育てており、
ジュンホはしばらく行き場のないウンジの世話をすることになります。

彼はミジンの異変に感づいているウンジの様子を見るうちに、
だんだんとミジンを救わなくてはという自責の念を強くしていくのです。

果たしてジュンホは因果応報を乗り越え、ミジンを救うことができるのか?

これはジュンホという男の罪と罰を描いた作品であるとも言えますし、
人間の悪の部分、ある種の不条理に直面した人間の姿を描く、
韓国ノワールのスタイルの王道を行く1作とも言えます。

執拗な暴力描写

あなたは両手両足を縛られた人間の頭に、
金槌でノミが打ち込まれようとする瞬間を観たことがありますか?

映画の序盤に訪れるシーンなのですが、
何度も失敗する様がリアリティを感じさせるというか、
私は思わず目を背けてしまった凄惨なワンシーンでした。

ハ・ジョンウ演じる殺人鬼の狂気が全面に描かれる、
この映画の中でも非常に印象的だったシーンです。

映画ではもっと無骨なノミと金槌が登場します

また、ジュンホとヨンミンの殺し合いのシーンもまた壮絶です。

彼らの戦闘がスタイリッシュなものではないからこそ、かえって際立つ生々しさ。

使われる道具も刃物や鈍器など身近にあるものが多く、
それゆえに痛みも想像しやすいようになっています。

おおよそ同じ力を持つ人間同士の殺し合いが実際に起こったとしたら、
きっとこんな感じかもしれないな…と感じさせる、
かなりリアリティがある暴力描写はこの映画の必見ポイントです。

俳優陣の圧巻の演技

『チェイサー』に登場する俳優陣の中でも、

主人公のジュンホを演じたキム・ユンソクと、
殺人鬼のヨンミンを演じたハ・ジョンウの2人の演技力は圧巻です。

最初は自身の利益しか考えていなかったジュンホが、
徐々にミジンを救うために懸命になっていくのですが、
それに合わせてキム・ユンソクの顔つきがどんどんと変わっていくんですね。

また、ハ・ジョンウの演じるヨンミンのサイコ感というか、
何を考えているか分からないニヤニヤとした粘着質な感じがたまりません。

ハ・ジョンウ演じる殺人鬼。
何を考えているのか分からない嫌悪感を催すキャラクター。

映画単体でも十分凄さを実感できるのですが、
彼らの凄さをさらに実感するために見ていただきたいのが、
ナ・ホンジン監督の長編第2作目『哀しき獣』です。

こちらの映画にもキム・ユンソクとハ・ジョンウが出演しているのですが、
2人とも『チェイサー』とは全くイメージの異なるキャラクターを演じています。

特に、キム・ユンソクが演じているミョン社長は超強烈なインパクトを残すキャラクターです。
人間の持つ原初的な恐怖を感じられる悪役という点で、
ミョン社長を超えるキャラクターはそうそういないのでは?と個人的には思っています。

ぜひ『チェイサー』『哀しき獣』と合わせて鑑賞し、
2人のキャラクターの演じ分けの面白さを味わってみてください。

『チェイサー』を観た後は… おすすめ関連作品

『オールド・ボーイ』(2003)

韓国映画界の鬼才と称されるパク・チャヌク監督の代表作の1つ。

カンヌ国際映画祭で審査員特別グランプリを韓国ノワールというジャンルを確立した作品です。

「JSA」のパク・チャヌク監督が日本製同名コミックを原作に映画化。タランティーノが審査委員長を務めた本年のカンヌ映画祭でグランプリを受賞、米ユニバーサルがリメイク権を取得した話題作。理由も分からないまま15年間も監禁されていた男オ・デス。突然解放された彼の前に謎の男ウジンが出現、5日間で彼が監禁された理由を解き明かせと迫る。「シュリ」のチェ・ミンシク、「バタフライ」のカン・ヘジョンら人気俳優が共演。

映画.com より

『哀しき獣』(2010)

ナ・ホンジン監督による長編第2作目。

『チェイサー』から一段と進化した暴力描写とスピード感のあるストーリー展開に加え、
底抜けの生命力を感じさせるキャラクターたちの存在感に圧倒されます。

この映画が持つパワフルさをぜひ味わってください。

中国、ロシア、北朝鮮に国境を接する延辺朝鮮族自治州の中国側に住むグナム(ハ・ジョンウ)は、タクシー運転手をする傍ら、借金返済のために給料を賭け麻雀につぎ込む堕落した生活を送っていた。さらに、韓国に出稼ぎに行った妻からの送金も連絡もない。窮地に瀕したグナムは犬商人で地下社会のボス、ミョン(キム・ユンソク)に持ちかけられた請負殺人の依頼を承諾し、韓国へ向かう。

Wikipediaより

『哭声/コクソン』(2016)

1度見ただけでは分からない難解さ、怒涛のオカルトアクション、
そして國村準の得も言われぬ独特の存在感…

実際に観てみなければ分からない、ジャンル分け不可能な韓国映画の怪作です。

『殺人の追憶』(2003)

ポン・ジュノ監督による実際に韓国で発生した殺人事件をベースとしてサスペンス映画。
スリリングな展開を楽しめる韓国映画の傑作で、
鮮やかな景色の中でのラストシーンの衝撃は凄まじいものがありました。

ポン・ジュノ監督らしいジャンル横断的な構成にも注目です。

『悪人伝』(2019)

ヤクザと警察が手を結び、連続殺人犯を追い詰めていく―――

韓国ノワールのスターであるマ・ドンソクの魅力が光る、
韓国映画の美味しいところを詰め合わせたエンターテインメントな1作。
見どころは別記事でも詳しく記載しています!

最後に

記事冒頭で、『チェイサー』は韓国ノワールのリトマス試験紙と書きました。

『チェイサー』を観て面白い!と感じた方には、
韓国ノワールの世界をどんどん探索していってほしいと思いますし、

『チェイサー』にはハマらなかったなあという人でも、
韓国ノワールにはいろいろなタイプの傑作がありますので、
ぜひ他の作品にも興味をもってもらえれば幸いです。

私はしっかりリトマス試験紙の色が変わってしまった方ですので、
ナ・ホンジン監督の次回作についてのニュース心待ちにしながら、
まだまだ韓国ノワール作品を取り上げていきたいと思います。

既に『哭声/コクソン』(2016)については別記事で紹介しているため、
次回更新は『哀しき獣』を予定しています!

『チェイサー』『哀しき獣』はセットで観るとより楽しい映画だと思いますので、
ぜひぜひアマゾンプライムなどで観てみてください!

お読みいただきありがとうございました!